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幻の国産第一号「タクリー号」を復元、谷保天満宮でお披露目



谷保天満宮において、復元されたタクリー号を前に玉串拝礼を執り行っている様子。

国産第一号のガソリン自動車として、歴史にその名をとどめている「タクリー号」。正式には吉田式自動車と呼ばれるタクリー号が誕生したのは、今から100年以上も前の1907年(明治40年)のことだ。このタクリー号、実車は現存しておらず、その姿を偲ぶには、当時の写真とトヨタ博物館にある模型だけ、という幻のクルマだ。このタクリー号が現代によみがえる。ヒストリーカーの愛好家で組織するオートモービルクラブジャパン(ACG)が、今回、タクリー号のレプリカを作成、谷保天満宮でお披露目した。

タクリー号は、当時、自動車の魅力と将来性に目をつけた有栖川宮威仁親王が、宮の所有する輸入車の整備を担当していた吉田眞太郎らに命じて作成させたガソリン自動車。輸入車を参考に、手作りに近い形で10台が作成され、宮をはじめ政財界の重鎮に納車された。翌年の1908年(明治41年)には、タクリー号を含む11台の自動車で遠乗会が開催されたが、これは日本で初めての国産車が参加したドライブツアーとされている。日比谷公園から立川まで甲州街道を約2時間半で走破した。タクリー号の名前の由来は、“ガタクリ”“ダタクリ”走るところから名付けられたというが、当時の技術力の問題だけでなく、人力車や馬車、荷車が走る未舗装路を初期の細いタイヤで走る自動車ならではの苦労もうかがえる。

今回、作成されたレプリカのタクリー号は、当時の写真資料等を元に、オースチン7・ルビーをベースにACGが作成したもの。ナンバーを取得しており、実際に公道を走行できる。フロントグリルの中央にカーバイトランプを取り付けるなど、自動車黎明期の雰囲気を再現することに力を注いだ。

実車のお披露目が行われた谷保天満宮は、交通安全祈願発祥の地とされ、1908年の遠乗会でも境内の梅林で昼食会が開催された経緯がある。ちょうど104年後の同じ日となる8月1日に、タクリー号の初お披露目となった。この日のお披露目会には、関係者をはじめ、国立市長など来賓も参列。お祓いと玉串拝礼で交通安全祈願を行った後に、104年前と同じ梅林で昼食会を開催して、タクリー号の復元を祝った。

タクリー号のデモ走行は、8月12日に国立市内で予定しているほか、9月28日には「熱海 HISTORICA GP」参加のための谷保天満宮〜熱海梅園間の走行を予定している。

(2012年8月 1日 編集部 徳永智)

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