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オリンピックでメダル続出なのに中国人F1レーサーがいないのはなぜ?


先日閉幕した北京オリンピック。ホスト国の中国では、空前のメダルラッシュで国が沸いた。その中国でF1レーサーが生まれないのはなぜ?という記事が中国南部の新聞「広州日報」に掲載された。

記事では人口13億人の中国に対し、わずか530万人に過ぎないフィンランドで、まさに星の数ほど優秀なレーサーを生み出していることに着目。フィンランドには、レーサーをはぐくむ土壌として過酷で広大な自然と、幼少からカートに親しむ環境があることを挙げている。

ここまでの議論にあまり異論はないだろうが、記事では続いてなぜか日本に焦点を当てている。佐藤琢磨や中島一貴といった日本人F1レーサーが生まれる最大の要因は「実力ではなく」、巨大な自動車市場と自動車メーカーを背景にした支援があるからだという。

私たち日本人にとってはなんとも変な話のように聞こえるが、そもそもこのような見方は中国では珍しくない。フィンランドの地理的利点と日本の経済的利点に着目するのは「唯物史観」そのものだから。

F1レーサーが生まれる環境は、地理や経済だけでなく、文化や政治など様々な要因があって、一概には言えない。ただ、成熟したモータースポーツの環境が不可欠であることだけは言えるだろう。特に世界最高峰のF1で活躍するためには、早いうちからの教育が必要とも言われている。ハミルトンは10歳で、中島一貴は12歳でカートのレースに出場した。

日本でF1が初めて開催されたのは1976年で、中島悟がF1レーサーとしてデビューしたのは1987年。およそ10年の月日が必要だった。中国で初めてF1が開催されたのは2004年。日本と同じように、順調にモータースポーツが育まれていけば、中国からもF1レーサーが生まれるのはそう遠くないだろう。とりわけ中国は「英才教育」が得意なのだから。

(2008年9月17日 eJAFMATE編集部 徳永智)

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